ウォーシュ氏のタカ派姿勢でも米30年債の上昇が鈍かった理由、背後にベッセント氏の国債買い入れ策
期間別予測トレンドレポート



ケビン・ウォーシュ米連邦準備理事会(Fed)議長とスコット・ベッセント財務長官が、米金利に別々の手段で対応する新たな政策の組み合わせを形づくる可能性がある。Fedは短期の政策金利で物価とインフレ期待を抑え、米財務省は国債のバイバック(再買い入れ)や発行政策で長期債市場の流動性と供給負担を管理する構図だ。両氏がこうした役割分担を正式に合意したわけではないが、最近の政策対応と発言をあわせてみると、機能面で補完関係が成り立つ余地がある。
米財務省、国債買い入れを拡大
先に動いたのは米財務省だ。米財務省は8月19日、残存期間10〜20年と20〜30年の名目国債を対象とする流動性支援バイバックの上限を、1回当たり最大20億ドル(約3200億円)から最低40億ドル(約6400億円)へ2倍超に引き上げると発表した。適用期間は9月10日から11月4日まで。公式の狙いは特定の長期金利を抑え込むことではなく、長期国債市場に厚めの流動性を供給する点にある。
ベッセント長官は8月20日のCNBCとのインタビューで、政策意図をさらに踏み込んで説明した。とりわけ30年債市場の流動性は極めて悪く、「利回りがファンダメンタルズを反映していない」と主張した。バイバック拡大については、市場にシグナルを送る一種の「トレジャリー・ツイスト」と位置づけた。1回当たりの買い入れ額が40億ドルを上回る可能性にも触れた。
財務省は、Fedのバランスシート縮小に合わせて国債発行政策も調整し得るとの立場を示している。ベッセント長官は、Fedが保有国債を減らす場合には「財務省とFedが協力する」と語った。Fedの保有資産の償還やバランスシート縮小に歩調を合わせ、財務省が発行政策を調整する考えも明らかにした。
Fedが償還を迎えた保有国債の元本を新発債に再投資しなければ、財務省はFedが買い手とならなくなった分の借り換え債を民間投資家により多く配分しなければならない。ここで財務省が長期債の発行まで増やせば、民間が吸収すべき長期デュレーションは大きくなる。長期金利には上昇圧力がかかる。この局面で財務省が長期債発行を減らしたり、既発の長期債をバイバックしたりすれば、Fedの資産圧縮で増える国債供給の重荷を和らげられる。
もっとも、ベッセント長官はこうした連携とFedの政策金利判断は明確に切り分けた。Fedが物価抑制のために政策金利を引き上げた場合、財務省のバイバック政策と衝突しないかと問われると、「今週発表したバイバック決定とは何の関係もない」と答えた。
続いてウォーシュ議長が8月28日、ジャクソンホールでの講演でFedの守備範囲をはっきり示した。「2%は揺るがない固定目標だ」と述べ、「短期金利は二重の責務を達成するための主要な手段だ」と言い切った。基調インフレが目標に向けて明確かつ非常に速く動いているとの確信が得られなければ、「我々にはまだやるべきことがある」と強調した。
Fedが平時には長期国債の買い入れやバランスシート拡大で金融市場を動かすのではなく、短期の政策金利で物価と総需要を調整するという原則を改めて確認した形だ。
ウォーシュ議長の景気認識も、追加引き締めの余地を残す内容だった。Fedが重視する個人消費支出(PCE)物価指数は、過去12カ月ベースで3.7%、直近6カ月の年率換算で4%をやや上回ると説明した。PCEを構成する199項目のうち、直近12カ月で3%超上昇した財・サービスの比率は54%だった。直近6カ月ベースでも49%に達した。ウォーシュ議長は、夏場の物価指標は予想より良好だったとしつつも、「基調的な流れが意味のある形で改善したとは言えない」とくぎを刺した。

一方、失業率4.1%の労働市場については、おおむね完全雇用に見合うと評価した。設備投資と無形資産投資は直近4四半期で約9%増え、S&P500種株価指数採用企業の利益は過去1年で20%超増加した。社債スプレッドや企業向け融資市場でも目立った引き締めの兆候はないとし、「幅広い金融環境を引き締め的と表現するのは難しい」と語った。
市場もまずはウォーシュ発言を政策金利引き上げの可能性として受け止めた。米財務省のコンスタント・マチュリティー・レート(CMT)ベースでみると、8月28日終値の前日比上昇幅は2年債が14bp(1bp=0.01%)と急伸した。これに対し、10年債は6bp、30年債は3bpの上昇にとどまった。ロイター通信の取引時間中の集計でも、2年債利回りは約11bp高い4.34%、10年債は5bp上昇の4.72%、30年債は1.6bp高い5.206%だった。9月15〜16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利を0.25ポイント引き上げる確率も、講演前の35%から講演後は57〜60%へ高まった。
市場の視線は短期より長期金利に
市場が注目したのは、短期国債金利の上昇幅が長期金利を大きく上回った点だ。ウォーシュ議長の物価対応姿勢は、近い将来の利上げ観測には強く織り込まれた。一方で、長期のインフレリスクまで同じ強さでは織り込まれなかった。
ここでウォーシュ議長とベッセント長官の政策がつながる。ウォーシュ議長は短期金利を通じて物価上昇とインフレ期待を抑える。これに対しベッセント長官は、取引が低調な長期国債を財務省が直接買い入れ、流動性不足に伴う負担を軽くしようとしている。機能面で組み合わせれば、「短期金利はFed、長期債の流動性と供給は財務省」という役割分担が見えてくる。
長期国債金利には今後、短期金利の先行き見通しだけでなく、長期債を長く保有するリスクへの対価や物価上昇懸念も織り込まれる。ウォーシュ議長が政策金利を高水準で維持し、あるいは追加利上げもあり得ると示唆すれば、短期金利は上がり得る。ただ、Fedが2%の物価目標を必ず守るとの信認を確保できれば、長期のインフレ不安はむしろ低下し得る。これに財務省のバイバックで長期国債の売買が円滑になれば、流動性不足ゆえに長期金利へ上乗せされる負担も軽くできる。
ウォーシュ氏が過去に示した構想も、こうした解釈を裏づける。同氏はFed議長就任前の2025年7月、新たな「財務省・Fed協約」が必要だと主張した。Fed議長が中長期の中央銀行バランスシート目標を説明し、財務長官がそれに沿って国債発行計画を示せば、市場は両機関から出る国債供給をより正確に予測できるという考え方だ。もっとも当時も、行政府の求めに応じてFedが政策金利を決める仕組みではないと明確に線引きしていた。

結局のところ、政策金利はFedが物価と雇用を見極めて独立に決める。その一方で、Fedのバランスシートと財務省の国債発行が同時に市場へ与える供給ショックは、双方が調整するという構図だ。この一線が守られれば、Fedの金融政策の独立性を損なわずに国債市場安定に向けた政策連携が可能になる。
市場関係者も、ウォーシュ講演ではこうした役割分担に注目した。ナティシスのクリストファー・ホッジ米国担当チーフエコノミストは、市場は利上げの可能性を過小評価してきたとしたうえで、ウォーシュ議長が物価問題を正面から認め、2%目標を再確認したことでインフレ対応への信認が高まったと評価した。堅調な成長と完全雇用、緩い金融環境を踏まえると、Fedは高金利を維持するか、物価改善が進まなければ追加利上げに傾いたと分析した。とりわけ、バランスシートではなく短期金利を主要な政策手段と位置づけた点を重視した。
ブリンカー・キャピタルでマルチアセット戦略を担う上席副社長のブライアン・ストーリー氏は、ウォーシュ議長が2%目標とFedの責任を再確認したことが債券市場に一定の安心感を与えたと話した。バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)の米金利戦略責任者、マーク・カバナ氏も、ウォーシュ議長がジャクソンホールでより正統派の物価対応演説を行ったことが債券市場を落ち着かせていると評した。
SEIインベストメンツの最高投資責任者(CIO)、ネイサン・シェッティ氏は「タカ派的な調子以外には解釈しにくい」と指摘した。市場はこれまでFedの行動可能性を過小評価してきたとも述べた。コペイのチーフ市場ストラテジスト、カール・シャモタ氏は、ウォーシュ議長が「Fedの2%目標を巡る曖昧さを減らし、短期金利の役割を強調した」と診断した。ウェルズ・ファーゴ投資研究所のストラテジスト、ゲーリー・シュロスバーグ氏は「点と点を結べば、少なくとも1回、場合によってはそれ以上の利上げを正当化する材料がそろった」と述べた。
ただ、この政策の組み合わせがすでに効果を上げたとみるのは早い。講演直後の取引時間中には30年債利回りが一時低下したが、その後は再び上昇に転じた。米政府の長期借り入れコストそのものが下がったわけではない。
米財務省による拡大バイバックはまだ始まっていない。この日の市場価格には、8月19日の発表を受けた期待が一部織り込まれていた可能性がある。ただ、1回当たり40億ドル超のバイバックが実際に執行されたわけではない。拡大バイバックが長期債の取引コストや利回りにどう影響するかは、9月10日以降でなければ検証できない。
ウォーシュ議長の政策運営の方向性も、なお完全には見通せない。F.L.パトナムのチーフ市場ストラテジスト、エレン・ヘイズン氏は「Fedは反応関数を明らかにしておらず、市場は依然として暗闇の中にいる」と語った。オサイクのチーフ市場ストラテジスト、フィル・ブランカト氏も、物価をどこへ向かわせたいのかは以前より分かったものの、どのような物価と雇用の組み合わせがFedの行動を引き起こすのかはほとんど見えていないと話した。ステート・ストリートのチーフ投資ストラテジスト、マイケル・アーロン氏は、Fedが利上げに踏み切ると結論づけるにはまだ早いと述べた。
アンダーソン・キャピタル創業者のピーター・アンダーソン氏は、「投資家は経済のGPSを求めていたが、Fedが渡したのはコンパスだった」とたとえた。マネーコープでトレーディング・ストラクチャード商品部門を率いるユージン・エプスタイン氏は、ウォーシュ議長が以前にもタカ派的なメッセージを発しながら実際の行動に移さなかったことがあると指摘した。そのうえで、今回も利上げに至らなければ市場の信認が弱まる可能性があると警鐘を鳴らした。

Fedと財務省の政策が補完ではなく衝突に向かう可能性もある。ウォーシュ議長は、国債価格や取引量、ドル相場、信用コスト、商品価格などから「できるだけ加工されていない市場シグナル」を受け取る必要があると強調した。市場がFedの発言を見て価格をつくり、Fedがその価格を再び政策判断に使う、いわゆる「鏡の部屋」を避ける考えを示した格好だ。
だが、米財務省が長期国債を大規模に直接買い入れれば、ウォーシュ議長が政策判断に用いようとする市場価格そのものが政府介入の影響を受ける。ロイターのコラムニスト、ガブリエル・ルービン氏は、投資家がFedと財務省という「2人の審判」を相手にする構図になったと指摘した。ウォーシュ議長は市場自身に価格形成を求める一方、ベッセント長官は長期債市場で自ら笛を吹いているという説明だ。
米財務省の介入が大きくなりすぎれば、別の副作用も起こり得る。シティグループ(Citi)でグローバル・マクロ・資産配分戦略を統括するダーク・ウィラー氏は、米財務省が30年債利回りを一定水準以下に強く抑え込もうとすれば、投資家は政府が価格を統制しない他国債へ向かい、ドル安を招く恐れがあると警告した。財務省にはなお使える手段があるとしつつも、「その手段があと何発残っているのか、いつ尽きるのかが問題だ」と語った。
今後の注目イベント
結局、ウォーシュ議長とベッセント長官の政策の組み合わせが実際に機能するかどうかは、今後3つの政策イベントで見極められる公算が大きい。第1は、拡大バイバックが始まる9月9日だ。米財務省が長期国債を40億ドル以上買い入れたという事実だけでは効果は判断できない。投資家が売却に出した国債のうち財務省が実際にどの程度買い取ったか、取引が細った旧銘柄の売買がどこまで容易になったか、新発債と既発債の利回り格差が縮んだかをあわせて見る必要がある。
こうした指標で取引環境が改善してもなお30年債利回りが上がり続けるなら、長期金利上昇の主因は流動性不足ではないと考えられる。米財政赤字の大きさ、高い実質金利、市場が消化しなければならない国債物量の増加が核心だということになる。
第2は9月15〜16日のFOMCだ。市場はウォーシュ講演後、利上げ確率を57〜60%へ引き上げたが、ウォーシュ議長は利上げを約束していない。講演の最後にも「特定の決定ではなく規律にコミットする」と述べた。Fedが実際に利上げするのか、据え置くとしてもどのような条件なら引き上げるのかをどう説明するのかが、ウォーシュ議長のインフレ対応への信認を左右する。
第3は11月4日に示される財務省の四半期国債発行計画だ。財務省はこの日以降のバイバック規模を改めて公表する予定だ。1回40億ドル超の長期債買い入れを延長するのか。短期債と長期債の発行比率をどう調整するのか。Fedのバランスシート変化と結びついた具体的な発行方針を打ち出すのかが焦点になる。
政策の組み合わせがうまく機能するなら、Fedが短期金利でインフレ期待を抑える間に、財務省のバイバックは長期債の取引コストを下げるはずだ。30年金利と長期のインフレ補償が安定し、長期債入札需要が改善する流れが表れる必要がある。
逆に、30年実質金利が上がり続け、長期債入札が低調なまま、財務省がバイバック規模を繰り返し積み増さざるを得ないなら、市場はこれを成功した役割分担ではなく価格管理の失敗と受け止める可能性が大きい。ドルまで弱含めば、財務省が国債金利から取り除いたリスクが為替市場へ移ったシグナルになり得る。
キム・ジュワン記者 kjwan@hankyung.com
Korea Economic Daily
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